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2017年11月26日日曜日

矢野顕子『Bye Bye』 [志村正彦LN168]

 一昨日、11月24日の夜、矢野顕子がNHK BSプレミアムの『The Covers』で志村正彦作詞作曲の『Bye Bye』を歌った。この曲はもともと志村正彦がPUFFYに提供し(アルバム『Bring it!』2009/6/17)、フジファブリックがセルフカバーしたものだ(アルバム『MUSIC』2010/7/28)。矢野は『Soft Landing』という 7年ぶりのピアノ弾き語りアルバム(11/29発売予定)の1曲目に『Bye Bye』を収録したようだ。

 矢野顕子という存在は、スペシャルゲストの糸井重里、そしてあのYMOと共に、70年代後半から80年代にかけての若者文化や音楽の象徴の一人だった。僕らも同じ時代を呼吸してきた世代だ。だから事前にこの情報を知ったときに、あの矢野顕子が志村正彦をどうカバーするのか、嬉しいことではあるのだがどんな歌になるだろうという想いもまたよぎっていた。

 『MUSIC』は志村正彦の没後に、メンバー・スタッフが残された音源を基に完成させた作品である。その過程の悲しさとつらさを思うと何も言えないのだが、それでもあくまで参考作品であるとは思う。ただし、この『Bye Bye』は詞曲共に作品としては生前の完成作である。『MUSIC』の中でも位置づけが異なるだろう。それでも、この曲も他の曲も『MUSIC』を聴き通すのはある苦しさがある。他のアルバムとは異なる緊張感のようなものがある。

 番組に戻ろう。『Bye Bye』は最後に歌われた。見ることのできなかった方のために、画面やナレーション、司会のリリー・フランキーと矢野顕子の会話を書きだしてみよう。

《画面》 
 *テロップ                      Cover Song#2
              フジファブリック「Bye Bye」(2010)
                                          詞・曲:志村正彦
 *背景 『Music』のCDジャケット写真
 *音楽 「それじゃバイバイ またバイバイ/繰り返しても帰れない 離したくても離せない手だ/君が居なくても こちらは元気でいられるよ/言い聞かせていても」まで、志村正彦の歌声が入る。
 *ナレーション 今夜最後の曲はフジファブリックの『Bye Bye』。作詞作曲はメンバーの志村正彦。2010年発表のアルバム『MUSIC』に収録。せつない恋心を描いた一曲です。

(リリー)矢野さんがこの『Bye Bye』を聴いたときに、そのどういうところがこの曲の魅力?
(矢野)あの…やっぱりやっぱり詞かなあ。詞から入っていくので。で、その、メロディもキャッチーだし…あ、いいなと思って。で、次にすることは歌詞カードを見て。そして、自分だったらこれはこういう考え方はしないかなとか…そういう自分の口からこういう言葉は絶対出さないなあみたいなことが入っていたらもうその曲はサヨナラっていうか…でも『Bye Bye』はいける…と思ったので。


 ナレーションではPUFFYに対する言及が一切なかったが、本当は一言入れるべきだろう。音源としてはオリジナルリリースなのだから。
 矢野の発言が興味深い。やはり『Bye Bye』の魅力が「詞」にあると述べている。キャッチーなメロディにも惹かれようだ。「でも『Bye Bye』はいける」の「いける」に、カバーの才人矢野らしい確信のニュアンスが込められていた。

 フジファブリック『Bye Bye』音源の志村の歌は完成段階のものではないと思われる。ラフな感じがして、そのことが逆に、日常の中の想いがそのまま漂ってくるような感触がある。歌詞にある「もう離してしまった」者の透明な寂しさや悲しさが伝わってくる。

 矢野の方は、志村の透明な想いに矢野らしい感情と感覚の色合いを加え、より凝縮された想いを聴き手に届けようとしていた。カバー曲というよりも矢野自身の『Bye Bye』に昇華されて、非常に力のある、すばらしい歌とピアノ演奏だった。そして、矢野のこの曲への想いと共にこの曲の作者への想いも重ね合わされていたように感じた。これは勝手な僕の想いにすぎないが。
 言葉で綴るとそうなるのだが、それよりもここに記すことはただ一つのことだ。涙が静かに静かに落ちてきた。