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2017年8月30日水曜日

最後の完成作『ルーティーン』―ストックホルム5[志村正彦LN162]

 8月9日に帰国してから三週間が経つ。五回に分けてストックホルムへの旅を記してきた。記憶が紛れていかないうちにたどりたかった。

 前回、ストックホルムを「水の都」「島の都」と形容した。俯瞰的な視点でとらえるとそうなるが、普通に街の中にいると「島」にいるという感じはほとんどない。島と島とを架橋する橋も街路がそのまま延長しているように進んでいける。


 8月6日、二日目の朝は、ホテルのあるスルッセンからガムラスタンを経てストックホルムの中心部にあるセルゲル広場へ歩いていった。通りの名でいうと、「Katarinavagen」「Vasterlanggatan」「Riksgatan」を経て「Drottninggatan」に入っていく。「Vasterlanggatan」は旧市街ガムラスタンで最も人通りの多い通りであり、「Drottninggatan」はストックホルムの中心地の歴史ある通りで、この終点近くにストリンドベリ記念館はある。前日、この二つの有名な通りがつながっていると聞いた。地図を見ると確かにつながっている。時間の許す限り、この街路を歩いていくことにした。

 日曜日の朝だった。「Vasterlanggatan」ヴエステル・ローング通りにはほとんど人がいない。静けさに包まれている。商店もまだ開いていなかったが、ウインド・ディスプレーにはいろいろな土産物が飾られていた。お土産の目星をつけながら歩くのは楽しい。昼間この近くのレストランに戻る予定なのでその時に買うことにした。この界隈には十三世紀につくられた路地もある。



 国会議事堂を越えて中心部に入る。しばらくするとセルゲル広場についた。ここは『CHRONICLE』付属DVDの映像にも映されている。フジファブリックの四人のメンバーの人気投票「北欧選手権」をした場所の一つだ。
 このあたりで前方を見ると、かなり向こう側に屋上が青く光る建物が見えた。ストリンドベリの旧居・記念館だった。十分ほど歩けばそこまでたどりつけるだろうが、そろそろホテルに戻らねばならない時間だった。ここでひきかえした。

 ストックホルムは、伝統を感じさせる路地や新しい整然とした街路が混然と溶け合っている。戦禍に合わなかったことやビルの高さ制限を設けてきた都市計画がこのような街並をつくりあげたのだろう。

 志村正彦は、『CHRONICLE』DVDの映像で次のように語っている。

日本にはない大地っていうか、道とか、店とか、建物、空気、そういうものを多分なんか感じたんでしょうね。まさにこう映画で見たような風景がそのままあるんで。すごい不思議な国に来たような感じですね。やはり来た意味ありますね。日本のがスタジオの設備とか人の録音のテクニックとかぜんぜんあるんですけど。そういうものを取っ払ってもなにか大きく感じるものがこの街とか人にはあるんじゃないですかね。

 僕たち日本人にとっては確かに、ヨーロッパの街は「映画で見たような風景」であろう。映画の中に迷い込むような不思議さがあり、新しい感覚が刺激される。志村も何かをつかみとり、『Stockholm』という曲がこの地で誕生した。

 二日目は、ツアーのバスでノーベル賞の晩餐会が開かれる市庁舎、ヴァーサ号博物館、セーデルマルム島の丘などを巡り、観光船でユールゴーデン島を周遊した。
 夕方、タリンクシリヤラインのクルーズ船の乗場についた。夜7時半ストックホルムを出発、翌朝7時にフィンランドのトゥルクに着く。世界で最も美しいといわれるストックホルムの群島の間をぬうように進む航路だ。クルーズ船に乗るのは初めてだ。揺れもほとんどなく、部屋の丸い窓から群島を眺めた。2万4千もの島があるそうだが、陸のように見える大きな島、島と言えるのか戸惑うほどの小さな島、予想をはるかに超える数の島々が続いていた。

 フジファブリックのストックホルムでの録音というとふつうは『CHRONICLE』が思い浮かぶだろうが、僕にとっては『ルーティーン』という曲がまず第一に挙げられる。この曲は11枚目のシングル『Sugar!!』のカップリングとして2009年4月8日にリリースされた。
 志村正彦・フジファブリックの曲を一曲だけ選ぶとするならかなり迷ってしまう。『陽炎』『セレナーデ』『若者のすべて』『赤黄色の金木犀』、いろいろと浮かんできてとても絞り切れない。ある観点からするとこの作品になる、そんな選び方しかないが、そのような個別の観点を超えて一つだけ選択しなけれなばならないとするなら、今は『ルーティーン』を選ぶだろう。それほどこの歌は僕にとって唯一無二の存在だ。

 この曲は志村正彦が生前に録音して自ら完成させた音源としては最後の作品であろう。5thアルバム『MUSIC』収録曲は志村本人によって完成させたものではない。もちろん貴重な音源であることは間違いなく、制作したメンバー・スタッフの苦労には敬意を表したいが。
 『CHRONICLE』DVDの映像で、志村が「最後にちょっとセンチメンタルな曲を一発録りでもう、多分歌も一緒にやるか、まあでもマイクの都合でできないかな、もうみんなで一斉にやって「終了」って感じにしたくて。」と述べた上で録音したのがこの作品だ。「 Recording『ルーティーン』2009/2/6」というテロップがある。DVDには、その際の「ストックホルム”喜怒哀楽”映像日記::ルーティーン (レコーディングセッション at Monogram Recordings)」というフル映像もある。志村と山内総一郎のアコースティックギター、金澤ダイスケのアコーディオンによる演奏時の映像に志村のボーカル収録時の映像をミックスしたものだ。事実として、ストックホルムで最後に録音された『ルーティーン』が完成作としての最後の作品だと考えられる。そのような経緯もあり、この歌はかけがえのないものとなった。ストックホルムを訪れるのをここ数年ずっと願ってきた。

 船はゆっくりと進む。ゆっくりと日も暮れていく。群島の影が濃くなる。満月に近い月が水平線より少し上に出てきた。雲間に映えるおぼろげな月。バルト海に反射した月の光がどこまでも船を追いかけていく。波間にかすかにゆれる月光がたとえようもなく美しい。映画のラストシーンのような風景。出来過ぎの感じもしたが、素直にこの風景との遭遇を感謝した。志村の歌には月がしばしば現れる。そんなことも思いだしていた。




 ヘッドフォンを外してスマートフォンのスピーカーから『ルーティーン』を再生した。少しだけボリュームを上げて室内に響かせた。街でも何度か聴いたのだが、ストックホルム、スウェーデンにさよならをする時、もう一度聴きたかった。
 感傷的なことはあまりしたくないのだが、ここでは少し(大いにというべきだろうか)感傷に浸りたかった。

 志村はDVDの最後近くでこう述べている。

ほんとうにちょくちょく出てきたイタリアとか、フランスとか、そういう街に行ってその土地の音楽とかどんどん吸収したいっていう、そういう貪欲なものが芽生え始めてますね。だから癖になりそうですね、こういう旅が。

 彼はフジファブリックの音楽を世界へ広げていく手ごたえや手がかりを掴みつつあったはずだ。世界の様々な街への旅を続けることができたら、どんなに素晴らしい作品を創り出していただろうか。もともと彼の音楽は、彼の言葉は、「日本」という狭い枠組を超えたある種の普遍性を志向していた。

 『ルーティーン』が聴こえてくる。
 「明日も 明後日も 明々後日も ずっとね」という声。繰り返される日々の「ルーティーン」。日々の「生活」への祈り。それと共に持続していく「音楽」への志を伝えたかった。自らに言い聞かせたかった。この歌詞の中の「君」は音楽そのものかもしれない。そんな風に聴こえてくる。


  日が沈み 朝が来て
  毎日が過ぎてゆく

  それはあっという間に
  一日がまた終わるよ

  折れちゃいそうな心だけど
  君からもらった心がある

  さみしいよ そんな事
  誰にでも 言えないよ

  見えない何かに
  押しつぶされそうになる

  折れちゃいそうな心だけど
  君からもらった心がある

  日が沈み 朝が来て
  昨日もね 明日も 明後日も 明々後日も ずっとね
   
      ( 『ルーティーン』 詞・曲:志村正彦 )

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