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2015年10月29日木曜日

10月25日、桜座、「Analogfish & moools」の夢の中で。

 日曜日、前回予告したとおり、甲府の中心街にある桜座へ出かけた。「MARUTA FES!」、昨年一昨年よりずいぶんversion upされた、Analogfishとmooolsのツアーだ。

 日曜日なのに仕事をぎりぎりまでやって何とか桜座にたどり着いた。開演時間が過ぎていたので急いで入ろうとすると、ホットドッグ?をじゅうじゅうと焼いている男性がホールにいた。美味しそう。でも昼食が遅かったので食べれられないな。なんて心で呟いてその男性を見ると、Analogfishの下岡晃さんだった。一瞬立ち止まった私の変な挙動を見て、にこにこと微笑んでいる。クールな印象があるのだが、とてもなごやかな笑顔だった。今日は充実したフェス!になるとその時確信した。

 最初は、佐々木健太郎。8月の甲府ハーパーズミルの時に比べて、会場が縦にも横にも余裕があるので、声がより伸びやかに伝わってくる。場が異なると、声そのものも異なるように聞こえてくる。PAも強力になり、「弾き語りロック」のような感触が濃くなり、魅了される。

 次は、人形劇団、擬人座。「話らしい話のない人形劇」とでも形容される、予想通りのアヴァンギャルドぶり。丸太がころぶ「ゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ」の反復のサウンドが頭にこびりつく。

 三番目はRyo Hamamoto(浜本亮)の弾き語り。mooolsの一員としての彼のギターにはここ二年ほど接しているが、ソロとしての彼の歌を聴くのは音源を含めてこれが初めて。声にもギターの音にも透明な広がりがあり、美しい。プロフィールを見ると、5歳から11歳までアメリカで暮らしていたそうだ。その事実に妙に納得した。日本の歌がまとう「湿度」のようなものが低く、音の感触がさわやかだ。

 佐々木健太郎、擬人座、Ryo Hamamotoと続き、ついにAnalogfishの登場。
  新作『Almost A Rainbow』から、下岡晃が『夢の中で』を歌い出す。このアルバムで最も気になっていた曲だった。

   誰かの夢の中で暮らしてるような気分
       そんな気分
 
       誰かの夢の中で
       乾いた夢の中で
       悪い夢の中で
       あなたの夢の中で
       いつかの夢の中で
       まるで夢の中で      (作詞・下岡晃)

 続いて、ボーカルが佐々木健太郎に変わり、彼の詞による『Will』。美しいメロデイで物語の断面のような状況が歌われる。

      突如晴れ渡る空さ
        雨上がりアスファルトが輝いていく
        光る窓を開いて
        「ホント、ノイローゼみたいな天気だね」って笑ってる君と
        二人、外へ駆け出すんだ ta ta ta...
        水たまりをスキップで飛び越えた彼女は
 
        like a fish!
        I will touch!        (作詞・佐々木健太郎)

 下岡の「誰かの夢の中で暮らしてるような気分」も、佐々木の「『ホント、ノイローゼみたいな天気だね』って笑ってる君」も、この時代の気分や症状を現している。時代の感受性であるとともに、きわめて個人的な感受性でもあるのだろうが、彼らの言葉が「今、歌わなければならない何か」に触手を伸ばし、それを形あるものにしていることは確かだろう。これらの歌を含めて、『Almost A Rainbow』の作品については、回を改めて書いてみたい。

 最後は、moools。酒井泰明、有泉充浩、内野正登、浜本亮にカフカ先生が加わっての五人編成。このバンドの音は重厚そのもの。70年前後のロックがその時代とともに持ち合わせていたある種の「重さ」の記憶が刻印されている。酒井泰明の歌詞は、その重さを受け止め、その重さに耐えつつ、どこかに逃走していく、軽やかに飛躍していく欲望に貫かれている。彼の言葉を解析するのはなかなか難しいのだが、いつかそのことにも挑みたい。

 Analogfishの最後の2曲『はなさない』『PHASE』はmooolsとの合同で、mooolsの最後も、『最近のぼくら』(Analogfish)と『分水嶺』(moools)が二つのバンド合同で演奏された。どれも熱いパフォーマンスだったのだが、一つあげるとするなら、やはり『PHASE』だ。主に酒井泰明が歌ったのだが、「失う用意はある?それとも放っておく勇気はあるのかい」という言葉がリアルにこちら側に突き刺さる。

 歌も演奏も素晴らしかったのだが、Analogfishやmooolsのメンバーが本当に楽しそうにしている表情と姿が印象的だった。この時、この場に、聴き手と共に、「皆」で存在していることを大いに肯定している。そのことが十分に伝わってきた。

 おそらく私たちは、午後4時から9時近くまでの5時間近くの間、「MARUTA FES!」という夢の中で暮らしていたのだろう。

2015年10月24日土曜日

日曜日、甲府桜座でAnalogfishとmooolsの「MARUTA FES!」が開かれます。

 2013年11月、2014年10月と甲府の桜座で行われたAnalogfishとmooolsのツアー。現在の日本語ロックの最高峰にいるこの二つの独創的なバンドと、きわめて魅力的な桜座という空間との出逢いは、以前書いたように(http://guukei.blogspot.jp/2013/11/ln-58.html)、非常に貴重な経験をもたらした。
 甲府で暮らしているロックファンとして、この秋の桜座のAnalogfishとmooolsのライブをとても楽しみにしている。

 今年は、この二つのバンドを中心に、mooolsのRyo HamamotoとAnalogfishの佐々木健太郎の弾き語り、「擬人座」という謎の人形劇団?のパフォーマンスを交えて、「Analogfish & mooolsと行く、巨大丸太転がしツアー2015 甲府 〜MARUTA FES!〜 巨大丸太がやって来た。ゴロ!ゴロ!ゴロ!」というコンセプトで、日曜日(10月25日)午後4時から始まる。(ついにフェスになってしまった!)

 桜座はもともと工場だったために、天井がとても高い。その不思議な空間に、Analogfish下岡晃・佐々木健太郎やmoools酒井泰明の言葉が垂直に立ち上がる。音が響き減衰していくのとシンクロナイズするように、声と言葉が広がり、聴く者に届き、そして消えていく。そのあわいがなんだかとてもリアルなのだ。

 主催者のポンセ・カツマタさん(いつも感謝しております)によると、まだ席はあるようです。(http://doushiteonakagasukunokana.com/contact  ) ポンセさんによる「moools桜座関連まとめ」(http://togetter.com/li/890108)もあります。ほんと、面白いです。

 山梨在住の方、近隣に在住の方、日曜日の甲府桜座「MARUTA FES!」、いかかでしょうか。甲府盆地から見える富士山も雪化粧を始めて、とても綺麗です。

2015年10月18日日曜日

「同時に“ないかな/ないよな”という言葉が出てきて」-『若者のすべて』18[志村正彦LN114]

 志村正彦は、「Talking Rock!」2008年2月号のインタビュー(文・吉川尚宏氏)で、『若者のすべて』について重要な証言をしている。「Talking Rock!」誌の代表、吉川尚宏氏という優れた理解者を相手に、創作の過程についても率直に語っている。その箇所を引用する。


最初は曲の構成が、サビ始まりだったんです。サビから始まってA→B→サビみたいな感じで、それがなんか、不自然だなあと思って。例えば、どんな物語にしてもそう、男女がいきなり“好きだー!”と言って始まるわけではなく、何かきっかけがあるから、物語が始まるわけで、同じクラスになったから、あの子と目が合うようになり、話せるようになって、やがて付き合えるようになった……みたいなね。でも、実は他に好きな子がいて……とか(笑)、そういう物語があるはずなのに、いきなりサビでドラマチックに始まるのが、リアルじゃなくてピンと来なかったんですよ。だからボツにしていたんだけど、しばらくして曲を見直したときに、サビをきちんとサビの位置に置いてA→B→サビで組んでみると、実はこれが非常にいいと。


 『若者のすべて』の歌詞と楽曲の構成の変更については、この「志村正彦lN」ですでに論じている。(ファブリックとしての『若者のすべて』-『若者のすべて』1 (志村正彦LN 34)2013年6月23日、http://guukei.blogspot.jp/2013/06/ln-34_5714.html 等)
 その際に使用した資料は、『FAB BOOK』(角川マガジンズ、2010/06)だった。ここでその説明を振り返ってみよう。

 『FAB BOOK』の筆者は、『若者のすべて』の「Aメロとサビはもともとは別の曲としてあったもので、曲作りの試行錯誤の中でその2つが自然と合体していったそうだ」と伝え、「最終段階までサビから始まる形になっていた構成を志村の意向で変更したもの。その変更の理由を「この曲には”物語”が必要だと思った」と、志村は解説する」と記している。そして、「ちゃんと筋道を立てないと感動しないなって気づいたんですよね。いきなりサビにいってしまうことにセンチメンタルはないんです。僕はセンチメンタルになりたくて、この曲を作ったんですから。」という志村の言葉を紹介している。まとめると、「センチメンタル」な感情を導くための「物語」が必要で、そのための「筋道」を立てていく過程で、「サビ」の位置が変更され、完成作の構成になったことになる。

 冒頭で引用した「Talking Rock!」2008年2月号のインタビューにもほぼ同様の発言がある。物語が「不自然」であったり、「リアル」でなかったりすることを避けようと試行錯誤する中で、「サビをきちんとサビの位置に置いてA→B→サビで組んでみると、実はこれが非常にいい」という発見に至ったようだ。『FAB BOOK』では「Aメロとサビ」だけに触れているのに対して、「Talking Rock!」では「A→B→サビ」とBメロについても触れているところが違いといえば違いである。

 「何かきっかけがあるから、物語が始まる」と志村は言う。《A→B→サビ》の展開であれば、「物語」の端緒、発展、終息が自然にリアルに語られる。引用箇所には「物語」という言葉が三回も出てくる。『若者のすべて』の物語をどう描き、どう伝えていくのかが作者の最大の関心事だったようだ

 冒頭の引用に続く箇所には、『若者のすべて』の成立について非常に興味深いことが述べられている。


しかも同時に“ないかな/ないよな”という言葉が出てきて。ある意味、諦めの気持ちから入るサビというのは、今の子供たちの世代、あるいは僕らの世代もそう、今の社会的にそうと言えるかもしれないんだけど、非常にマッチしているんじゃないかなと思って“○○だぜ! オレはオレだぜ!”みたいなことを言うと、今の時代は、微妙だと思うんですよ。だけど、“ないかな/ないよな”という言葉から膨らませると、この曲は化けるかもしれない!


 《A→B→サビ》で再構成していくのと「同時に」、(この「同時に」という証言が大切だが)「ないかな/ないよな」という表現が浮上してくる。
 おそらく、「最後の花火に今年もなったな/何年経っても思い出してしまうな」というのが当初のサビの中心モチーフであった。そのサビをABパートの終わりに位置させることに伴って、そのサビを最終的に補う言葉とモチーフとして、「ないかな/ないよな」が追加されたというような過程が浮かんでくる。この過程から次のような歌詞の段階を想定して、対比してみたい。


【完成前の形態(仮定)】
  最後の花火に今年もなったな
  何年経っても思い出してしまうな
  会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ

【完成型】
  最後の花火に今年もなったな
  何年経っても思い出してしまうな
  ないかな ないよな きっとね いないよな
  会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ


 あくまで仮定上の対比ではあるが、完成型の方が格段に優れていると言える。多くの聴き手はそう感じるだろう。
 「ないかな ないよな きっとね いないよな」という一節に含まれる、「ない」「ない」「(い)ない」のモチーフ、「かな」「よな」「ね」「よな」の末尾表現、「な」音の繰り返し、があるからこそ、『若者のすべて』の魅力ある世界が構築されたのではないだろうか。

 「な」「い」のシニフィアン(言葉そのもの)の綴れ織りは、志村正彦でしか成しえないようなテクスト(言葉の織物)であろう。凡庸な日本語ロックやJポップとの差異がここにある。「ないかな/ないよな」のモチーフを、志村の言葉で言うならまさに「膨らませる」ことによって、『若者のすべて』の多様なモチーフは複合的に絡み合い、響きあう。

 作詞の過程では、多分に無意識的なものとして「ないかな/ないよな」は現れてきたのだろうが、この言葉には、時代や世代、社会的な「意味」が込められていることも言及されている。次回はこのことについて論じたい。

        (この項続く)

2015年10月12日月曜日

「最強の敗者」ラグビーWC日本代表

 今朝、ラグビー・ワールドカップ、日本対アメリカ戦の放送を見た。印象深い光景があったので、今回はそのことを記したい。

 日本代表は3勝1敗という素晴らしい成果を残したが、決勝トーナメントには進めなかった。南アだけでなく、サモア、アメリカに対してもすべて紙一重の差で勝利した。ラグビーは実力差がそのまま結果に出るスポーツではあるが、重要な局面での攻防、一瞬の判断が勝敗の流れの分かれ目になることもよくあるからだ。勝利への糸をたぐり寄せた意志と身体の力はたぐいまれなものだった。

 もともと、早稲田のラグビーのファンだった。一番の思い出は2001年12月の早明戦。いつもはテレビ観戦だが、あの年は運良くチケットを入手でき、妻と亡き父と三人で国立競技場へ向かった。山梨の日川高校出身の武川正敏がロスタイムに逆転ゴールを決め、14年ぶりの全勝優勝を果たして、伝説の試合となった。父が笑顔で臙脂色のフラッグを振っている姿を思い出す。代表の中でも、早大出身の選手、五郎丸歩や畠山健介をどうしても贔屓してしまう。

 今日の五郎丸のインタビュー。二度目のマン・オブ・ザ・マッチ(MOM)を受けてのものだった。「このマン・オブ・ザ・マッチはほんとうにチームの…」と言いかけた後、言葉が出てこない。涙ぐむ。見ているこちら側もぐっとくる。どういう気持ちですか今、と問われ、「われわれの目標は…」と再び言葉をふりしぼろうとする。小声で中継ではほとんど聞き取れなかったが、準々決勝(あるいは準決勝)へ出ることでした、と言っているように聞こえた。
 五郎丸の男泣きは、チームのみんなへの想いとともに、決勝Tに進出できなかった無念さからのものだ。しかし、後ろ向きではなく、前向きの涙なのだろう。ラグビーの未来に向けての、近くでは2019年のラグビーWC日本大会を見据えての。

 インタビューは切り上げられ、「canterbury」のジャージを着た可愛らしい少年が登場。五郎丸の方を少し見上げ、MOMの記念カップをわたす。五郎丸も少しにこやかになり、二人でカメラの方に向いてツーショット。晴れやかな舞台でうれしそうに微笑む少年と、まだ涙をこらえながらほんの少しはにかむようにしている大男。
 「小さな男の子」と「大きな男の子」のような二人が並ぶ瞬間の光景、偶景が心に残った。

 報道によると、予選3勝して決勝Tに進出できなかったのは史上初で、それゆえ、日本代表チームは「最強の敗者」と呼ばれているそうだ。
 「最強の敗者」、ラグビーらしい含蓄のある、強くてたくましい言葉だ。彼らの軌跡とこの言葉にとても勇気づけられる。